ホーム心野動記視線入力時代

視線入力時代

2024年8月21日(水)

指が動かなくなったのが五年前、パソコンが使えなくなると絶望していたが、そのときに救世主となったのがエアマウスだった。首の力が健在だったので、パソコンの業務を滞りなくこなすことができた。大村にいた頃、視線入力を試す機会があったが、どう考えてもエアマウスのほうが速そうだったので導入には至らなかった。首の筋肉が衰え始めて、様々な不便と不具合が噴出することになる。エアマウス時代末期は文字が打てず、画面の右半分にポインターを移動できず、YouTubeの広告をスキップできず、自動再生される動画を視聴するだけの無益な時間を過ごすだけだった。本欄の更新も妻の代筆によるものである。それだけに今回の視線入力機器の導入は新たな希望を与えるものだった。おそらくエアマウスを使用することはないだろう。五年間、勤続し、救世主であり続けたエアマウスと紹介していただいた鈴木先生に感謝の意を伝えたい。

2024年8月22日(木)

「エアコン、つけておく、消す?」という妻の問い掛けにエアコンの部分が聞きとれず、無反応の状態になり、気まずくなった。コロナを発症してから左耳の聴力が落ちたことがその原因だ。「病院に行こう」と妻は言うが、何かの拍子で耳抜きが起こり、鼓膜の奥で「バリバリ」と音がして聴力が回復してしまうのだ。これでは苦労して病院に行っても異常なしと診断されるのがオチだろう。ところが、朝目覚めると、左耳の調子が悪いのだ。そんな毎日を繰り返している。

2024年8月23日(金)


お盆期間に、サイパン島での攻防戦、特攻隊、原爆関連のドキュメンタリーがNHKで放送された。「なぜ、もっと早くに降伏しなかったのかなあ。前途有望な若者達の命がいとも簡単に奪われたことに憤りを感じる」というのが例年の感想なのだが、今年は別のことを考えた。

現在の国体が保証されるとわかっていれば喜んで降伏しただろうが、その当時はそんな未来予測はお花畑と一蹴されたことだろう。むしろ、天皇家が解体され、日本各地の神社も取り潰しになり、公用語は英語になり、ローマ字表記で教科書が執筆され、武力の空白を突かれて北海道はソ連に占領されていたかもしれないし、支配層は外国人で占められ、日本人は労働者階級に固定され搾取され続ける。というのがよほど現実的だし、それまでの歴史に詳しい人なら、そうなる世界線も視野に入ったはずだ。

そんな状況で軍部の決定に異を唱えることは不可能に思えてきた、というわけだ。

2024年8月24日(土)

NHKの連続ドラマ「虎に翼」を批判してみた。

  1.  主人公の寅子の謝罪が条件反射的に頻発されるので、本当に謝りたい時でも安っぽく見えてしまう。法曹関係という職業柄、事態を吟味して納得してから謝罪するものではなかろうか。
  2.  戦後、日本国憲法が発布されたとき、法曹関係者は天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたはずだ。それまでの拠り所が崩壊し、全ての法律を再検討する羽目になったのだから。いつもは「はて」と疑問を抱く寅子だが、男女平等が謳われたという理由で現憲法を何の疑問もなく受け入れるのは不自然だ。
  3.  裁判の後に裁判官と出席者と会食する場面が複数回現れるが、「実際の法曹の世界は学閥による癒着と忖度が横行しているのでは」と勘繰ってしまう。

次回に続く。

2024年8月25日(日)

4. 寅子は裁判官なのに判決を下す場面が一度も出てこない。弁護士を主人公とするドラマが大半なので、裁判官の苦悩や葛藤が描かれるものと期待していただけに残念でならない。

5. 寅子は一人娘の前で「変わる」と宣言したのに新潟転勤後も相変わらず仕事優先の生活を続けている。見知らぬ土地で小学生の娘を鍵っ子にするとかありえんだろう。

6.星航一に父性が全く感じられない。先立った前妻への愛情も皆無だ。でなければ、先妻の思い出が詰まった家に寅子を同居させたりしないはずだ。

7. 寅子の恩師への態度、カフェバー灯台の所有権、あの時代での性的マイノリティへの物分りの良さ、家庭内裁判の不公平感、猪爪家の嫡男争い、等の釈然としないことが満載だ。

2024年8月26日(月)

「なぜ若手の議員が立候補していないのか?」

立憲民主党の代表選挙に出馬が有力視される顔ぶれを眺めてそう思った。連日のようにメディアが関心を持って報道してくれるのだ。たとえ当選の見込みはなくとも、知名度の向上と新陳代謝が進んでいるという党のイメージアップにも貢献するはずなのに、そんな絶好の機会をふいにしてるとしか思えない。もっと言えば、討論番組で揶揄される「政権を取る気がない」という批判を裏付けるものとなっているし、所詮は有力議員を当選させるための互助会なのかなあという気がしてくる。

ちなみに支持政党は持ってない。

2024年8月27日(火)

交通事故は頻繁に起こるが、自動車会社は生産規制をかけたりしない。それと同様にネット犯罪が頻発してもSNS運営会社は規制をかけて犯罪を一掃しようとはしない。

しかし、膨大な額に及ぶ詐欺事件や電子マネー強盗、身代金を要求するランサムウェア、一生ネット上に残る児童ポルノ画像、自殺者まで出る誹謗中傷行為、等を放置するわけにはいかず、なんらかの対策が求められる。

それでは、それらを摘発するマンパワーや資金がどこにあるかと言うと、どこにもないという現状だ。

ここで提案したいのが、ホワイトハッカー養成を目的としたSNSの創設である。犯罪に関与してそうな疑わしいサイトを摘発するとポイントがたまり、ファミコンゲーム「スターラスター」のようにDragonflyから始まる階級を上げて行くフォーマットで、摘発リストは他のSNS運営会社に売ることで利益を得て、階級を上げたプレイヤーへ報奨金にする、金額が大きい重要犯罪で犯人の身元まで突き止めた場合には名誉と富が手に入る仕組を作れば、ネット社会の自治に貢献できるのではなかろうか。

2024年8月28日(水)

六月某日、次男の誕生日。長男は、模擬試験の結果に落胆する次男に、百万ウォン分の札束が入った封筒を差し出してこう言った。

「インターネット講義やスタディカフェ代に使えよ。合格したら返さなくていいから」

長男は時に親の想像を超える行動をとる。長男は一昨年に大学に入ったが、志望校でなかったことと兵役が在宅勤務になったことが重なり、再受験を試みている。模擬試験もよくできたそうで、余裕があったのだろう、落ち込む弟に喝を入れたかったのかもしれない。

今日づけで、本番である修学能力試験当日まで75日を切ったらしい。去年も受験生だった次男は自宅浪人中である。二人とも背水の陣で挑むのだが、ヤングケアラーというハンデを抱えている。介護される身としては二人の合格を祈るのみだが、結果はどうあれ、健康でいてくれればそれでいいと思っている。

2024年8月29日(木)


視線入力機器はパソコン、モニター、角度調整機能が付いた支持台、視線を感知する棒状のセンサーで構成される。仰向けに寝ている俺に合わせるようにセンサーがくっついたモニターが角度調整される。俺の視線の所在がモニターに投影される。キャリブレーションボタンを視線でなぞると微調整が施され、感度が良くなる。モニターはパソコンの画面を約1.5倍に拡大して映し出す。モニターに直径4センチほどの円が出現してそれを視線で操り、クリックしたい場所に移動する。そのまま静止していると円のそばに太陽マークが現れ、円内を虫眼鏡のように拡大してくれる。その拡大された円の周りに8種類のコマンドが表示される。その中の一つがクリックで、拡大された円内で視線を動かすことでクリックの微調整が可能になる。文字を打ちたいときはクリックの代わりにキーボード呼び出しのコマンドに視線を合わせれば良い。モニターの下半分を覆うキーボードが現れて視線でアルファベットを選んでいく。変換候補がキーボードの上部にいくつか表示されその内の一つに視線を固定すると確定となる。リターンキーを使わない分、省力化になっている。

この入力ソフトが高額で700万ウォンで販売されている。自治体からの補助金を利用したので2割負担ですんだ。家族に何かしてもらったとき「ありがとう」と伝えられるだけでも140万ウォン分の価値は十分にあると思う。

追伸) YR教授が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

2024年8月30日(金)

「サッカースペイン代表の未来は明るい」

ユーロ2024とパリ五輪の日本対スペインを見た後の感想だ。エアマウス時代末期の俺を哀れに思ったのか、次男がユーロとコパアメリカを随時観戦できるネットサービスを契約してくれた。そのおかげで一日一試合のペースで観戦することが出来た。しかし、期待に反して眠くなるような試合が続いた。特にイングランドは、ケイン、ベリンガム、フォーデン、サカという夢の攻撃陣がいて、この試合運びかよと憤ることばかりだった。フランスとドイツもまた然り。唯一の例外がスペインだった。

両翼を担うニコウィリアムスとヤマルが素晴らしかった。パスはよく繋がるけど決定機は少ないし試合にも勝てないというのがスペインの定評だったが、この二人の躍動がチームに推進力をもたらし、スペインのサッカーを面白くて勝てるものに変貌させていた。

五輪の日本戦でも前からプレスをかけ、相手が苦し紛れに蹴ったロングボールを回収する戦術が確立されていた。日本も久保とオーバーエイジがいればという言い訳があったが、それを言い出したら、ニコとヤマルも出てくるので、もっと酷い結果に終わったかもしれないのだ。そう考えるとカタール大会で日本がスペインに勝ったことが奇跡的に思えてきた。

 

2024年8月31日(土)

長女に頭をかいてもらった。長女は仮面ライダーオタクだ。今日も出演俳優に関するファンミーティングの話かなと思って聞いていると、話題が学校の話に移り、勉強の悩みを打ち明けて来た。守秘義務があるのでここで明かすことはできないが、俺なりに全力で向き合い、全力で質問し、全力で答えた。久しくなかった父親体験だった。これも視線入力の恩恵だ。締めの言葉で「仮面ライダーにDMで聞いてみたら」のオチも付けることができたし、今日は良い一日だった。

2024年9月1日(日)

長崎県は離島が多い。

眼が疲れたので続きは次回に。

2024年9月2日(月)

そのため県採用の教員は壱岐、対馬、五島の離島地域で一定年数の勤務が義務付けられている。この制度により人材の流動化が促され、教育格差の解消に一役かっている。このことを日本全国に適用して過疎化や少子化の対策を提示してみよう。


次回に続く。

2024年9月3日(火)

大企業は過疎地域に研修所を作って新卒社員をそこに住ませてリモートで勤務させるだろう。中小企業はそんな余裕はないから3年間の義務を終えた若者を採用しようとする。すると幼いうちに過疎地域に住むという選択をする家庭も出てくるだろう。大学の分校や専門学校も過疎地域に移転して来るかもしれない。田舎では車が必要になるから自動車の国内需要を喚起するはずだし、地方も建設ラッシュが起こり、持続可能な経済発展が見込まれるだろう。とにかくこの制度により人間の大移動が起こり、新たな国内需要が生み出され経済発展するということだ。

次回に続く。

2024年9月4日(水)

経済効果はさておき、重要なのは都会の若者が田舎の良さを知ることだ。過疎地域は空き家だらけだから家賃は安い。都会の便利さを捨てるかわりに低コストで生活できること、更に、仕事が無さそうな過疎地域にビジネスチャンスが広がっていることに気付くことだ。例えば、老人ばかりの地域でスマホ教室を開くとかライドシェアの仕事をするとか介護事務所を立ち上げるとか都会で流行りのスイーツを提供するカフェを開くとか、都会の情報を伝えるだけでも生きていくための収入は得られるだろう。それは同時に過疎地域が都会の文化を知ることで、特産品のネット販売や観光地の宣伝、地域の魅力を発信、農作業や農村の暮らしを海外富裕層に体験してもらうことの案内、などの地方創生に繋がる 可能性を秘めている。

2024年9月5日(木)

上記の制度を31歳以上60歳以下で3年、61歳以上で3年、のように拡大していく。前者は9年働いて有給で1年休む、大学教員がサバティカルと呼んでいる制度が一般企業に波及することを目標としている。後者は子育てを終えた世代が地方に移住して住宅のダウンサイジングを促し、高齢者に地方でお金を使ってもらい経済を活性化させることを目標としている。そうすれば過疎地域の自治体は競って移住環境を整えようとして、総合病院や老人ホームが建設されるだろう。同時に都市部では空き家が生じるので、これから子育てを始める世代に家賃の低下などの恩恵が見込まれるだろう。

次回に続く。

2024年9月6日(金)

都市生活は魅力に溢れている。娯楽は多様だし、商業施設も充実している。原始的な幸福、結婚して子供を産み育てる、よりも、楽しく刺激的なこと、自己実現を可能にする仕事が見つけやすいのが都会の特色だ。晩婚になりがちなのは致し方ない。子育てにも家賃という障害が立ちはだかる。地方出身の男女が結婚して子供が生まれた場合、東京近辺に住もうとすると家賃20万~30万円くらいはかかるだろう。二人目が生まれたら、また更なる出費を覚悟しなければならない。共働きで、実家の助けなしで子供を保育所に送り迎えして家事に育児に仕事に追われる生活を経験したら「子供はもういい」と考えがちになるのは自然なことだろう。要するに現代の都市生活は子沢山の家庭と著しく相性が悪い。

次回に続く。

2024年9月7日(土)


一方で、都市にも地方にも原始的な幸福を至上のものと考える人は一定数いるだろう。そんな人々に移住の機会を提供すること、都市部の広い住宅を格安で賃貸できる可能性を提供することがこの制度の骨子であり、少子化対策として期待される。その場合、自治体や行政の支援で、例えば、一流シェフが給食を作る街、小学生でも英語を話す街、スケボーが出来る街、元日本代表がサッカー教室を開く街、総合格闘家を養成するためのメガジムがある街、のように特色を出していけば、自然と人が集まり、多産が当たり前の育児がしやすい地域が形成されるのではなかろうかと夢想している。


次期総理大臣がこの制度を政策目標として掲げることはやぶさかではない。

2024年9月8日(日)

義理の妹について書く。15年前、彼女は悪霊にとりつかれた。その真偽は定かではないが、少なくとも俺にはそう見えた。妻によると、彼女は独り言を繰り返し、彼女とは別の人格が出てきて行動も支配されるとのことだ。ある聖職者が彼女の前で祈祷をしたとき、その悪霊が彼女の口を借りて喋っている現象が現れた。普段の彼女とはかけ離れた悪霊の喋りを聞いて、「こんなことがあるのか」と恐怖に震えた。ほどなく彼女は精神病院に入院することになった。見舞いに行ったとき、まるで監獄のような施設と生活に驚くとともに、「ろくに診療をしないまま強い薬が投与され、治るどころか廃人になってしまうのではないか」という不安が拭えなかった。かといって、退院させるわけにもいかないし、己れの無力さを嘆いた。


それから10年後、彼女は公務員試験に合格して、市の職員としてフルタイムで働き、彼女の両親、すなわち、俺の義父母をあらゆる面で支えている。発病当初の混乱を思い出すと、奇跡のような現在の状況だ。

突然、そのことを思い出したのには理由がある。NHKのドラマ「Shrink」で双極症で精神病院に入院する場面が放送されたからだ。そのドラマを見て、数値化しにくい精神世界に挑む精神科医に畏敬の念を抱くようになったし、当時の精神科医に対しての偏見を改めなければと思った。薬があったから彼女は苦しみながらも生きることができて、再起の機会を待つことができたのだから。

 

彼女の手を握り、目を見て、「辛い時期をよくぞ乗り切った」と称賛したい衝動に駆られた。それは物理的に不可能なので本欄に綴るに至ったというわけだ。

 

2024年9月9日(月)

就寝時、暑くもない、寒くもない、足も伸ばせるし、いつでもアヒルが押せる状態、体のどこも痒いところはなく、鼻の通りも良い、つば吸引のチューブも口内で吸着することなく、かといって、口外に飛び出ることもなく、必要十分につばを吸い上げてくれる、目も涙で潤むこともない、痰も詰まってない、推定酸素飽和度が97はある、要するに、完璧な状態だ。なのに、なぜ肝心の眠けが襲って来ないのか?こういうときが最もタチが悪い。結局、誰も起こせないまま時間だけが過ぎて行った。推定時間は午前4時、このまま朝を迎えるのかと思っていたら、本当に一瞬で外が明るくなった。どうやら、熟睡していたようだ。普段は思い出せない夢の内容も、今日は鮮明に記憶している。

数学科の同級生二人を連れてドライブしていた。運転手は俺だ。そのうち、同級生の一人が酔いつぶれて眠ってしまい、自宅まで送り届けようと思ったが、住所がわからないから、もう一人の同級生に起こしてくれと頼む夢だった。不思議なことに、覚えている夢の中での俺は健康体で、自由時間が出来るとラーメン屋とか雑誌室に行こうとするが、本懐を遂げることなく夢が終わってしまう。今回も閉店間際の洋食屋に入りコーヒーを注文するが飲めずに終わった。


今、見ている夢はなかなか覚めてくれそうにないなあ。




2024年9月10日(火)

先週土曜日に放送された「新プロジェクトX」の再放送を視聴した。オープニングで「日本発のアプリが世界を席巻」と出た。「そんな企業があるのか」と興味津々だったが、番組終盤で「アメリカでの利用者数は頭打ちでアメリカ事業の累積赤字は数百億円に上る」と出てきて、大いにずっこけた。


バブル崩壊前は有利な立場にいたはずなのに、「これからはハードではなくソフトの時代になる」と言われていたのに、東芝が半導体事業から撤退し、OSでもTRONを潰されウィンドウズの軍門に下り、蓄電池も太陽光発電も中国に抜かれ、頼みの自動車もEV化の荒波に晒されている、IT分野は常に後手後手に回っている感じで、国をあげて人材育成しようという意欲が乏しい、アニメも個人の才能に頼るばかりでディズニーのような分業化を推進して一大産業に育てようという気配が皆無だし、AI分野もトップの研究者が「日本は周回遅れ」と公言している。


失われた30年の間、サッカーは強くなったし、経済もそれなりに発展したのだろうけど、他国はもっと頑張っていたことを実感した。いつもは開発者の喜びと未来への希望を与えてくれたのであるが、今回は悲哀に満ちたプロジェクトXだった。


2024年9月11日(水)

血液検査の結果が出た。全ての項目で正常値の範囲に収まっていて、「これが私の成績表よ」と妻はご満悦だった。妻は医食同源を強く信じていて、俺がALSを発症してから今日まで健康に良い食事とは何か症状を改善する食事は何か、を模索し続けて来た。


胃瘻を造設して三年が経つ。この間、一度たりとも口に食べ物を入れたことがない。「味だけでも」と思うこともあったが、噛み砕いて飲み込むことが出来ない、その後の口内処理が大変そうだ、歯の衛生にもよくない、という理由でその行為を避けてきた。テレビで料理やグルメ情報があれば、その味を想像しながら視聴している。それで十分満足だし、食欲という煩悩から解放されてよかったとさえ思うようになった。


それでも、ごく稀に「こうなることがわかっていたら、あの時、食っておけばよかったなあ」と後悔の念に駆られることもある。その中の一つが妻の得意料理だったイカ入りのネギ焼き(韓国語でヘムルパジョン)だ。ちなみに日本の超有名グルメ漫画の影響で「チヂミ」と呼ばれることが多いが、韓国でその名を出すと、「何故、そんな地域限定的な名称を使っているの?」という反応が返ってくるので覚悟されたし。韓国の食堂のメニューには「パジョン」のみで「チヂミ」は見たことがない。

 

妻はある時期から「油は健康に悪い」という理由で一切へムルパジョンを作らなくなった。新鮮な長ネギを生地に浸してフライパンで揚げるように焼くと衣がパリパリに仕上がって酢醤油と合わせると絶品の味わいだった。今となっては確かめる術がないのが返す返すも残念だ。