ホーム心野動記塩日記

塩日記

2021年9月27日(月)

高1の次男から数学の問題を質問された。人の役に立つのは喜びである。

2021年9月26日(日)

オンライン礼拝後の昼下がり、首が疲れたと寝台で寝そべっていると、妻が映画を見ようと提案してきた。妻が選んだのは「マチネの終わりに」だった。天才ギタリストと婚約者がいる女性に一目惚れして、略奪婚を試みるという現実離れした設定なのだが、福山雅治と石田ゆり子の好演が物語に説得力をもたらしていた。長女も一緒に見たのだが、「あの人、悪ーい」「今の場面、韓国ドラマだったら絶対水かけてるよねえ」などの母子の掛け合いが飛び交う展開になり、映画よりもソッチのほうが面白かった。

2021年9月25日(土)

ツイッターで川柳を発信しているが、最近はスランプでさっぱり浮かばなくなった。短歌に変えてみようかな。

2021年9月24日(金)

大学に入学したての頃、泥酔した友人をタクシーに乗せようとしたが嘔吐物で座席が汚れるという理由で乗車拒否された。歩ける距離だし、高校時代に柔道で培った体力と人を運ぶ要領があるから大丈夫だろうと思い、人力による運搬を試みた。しかし、全身の筋肉が弛緩した状態の体というのは通常の何倍も重く感じるものなのだ。おんぶして歩いても10m進むのが精一杯で、埒が明かないので、ビンタして無理やり起こして自宅まで送り届けた記憶がある。

なぜこんなことを思い出したかというと、就寝時の寝返りの際に、妻、長男、次男の誰が介助しても寝台の上に立ち上がっての大立ち回りになってしまうからである。そのたびごとに申し訳ないと思いながらも「体を裏返すだけなのに大袈裟だなあ」とも思っていたが、その考えは間違いであることに気づいた次第である。

2021年9月23日(木)

尻の肉が薄くなったせいだろうか、座っていると早く痛みを感じるようになった。半年前は平気で4時間座って作業する事ができたが、今は1時間が限度で、座り直し等の対処が必要になる。

2021年9月22日(水)

雑誌「数学セミナー」5月号でのエッセイ掲載に続いて、11月号でも掲載される見通しである。今回はイスラエルでの体験について綴っている。編集段階でお世話になったIさんに感謝申し上げます。

2021年9月20日(火)

胃ろう造設後、初めて湯船につかった。半身浴であったが、半年ぶりの風呂を堪能する事ができた。昨日の午前中の話である。

2021年9月20日(月)

今日韓国でも祝日である。本来であれば義父母に会いに浦項に行くのだが、コロナ禍ゆえの移動の自粛ということで取りやめになった。とはいっても、ステイホームばかりだと遊び盛りの三男に悪いと言うことで、洛東江の河川敷公園に来ている。そこはとにかく広いし、風も強い。そして、待ち受けるかのように移動式の売店ではビニール製の凧が売られていた。妻はその凧を購入、俺のお守りを長女に任せ、三男に凧あげを教えていた。初めは怖がっていた三男だったが、慣れるに連れ、野原を縦横無尽に走り回り、凧を空高く飛ばせるようになった。その様子を遠くから見ているだけでも初めて凧を上げたときの感動が伝わって来た。

それを素直に喜べない俺がいた。自転車の乗り方や凧あげを教えるのは父親の特権だったのになあ、と拗ねているだけなのだが。なんだか孫の成長を見守るお爺さんになった気分である。

2021年9月19日(日)

渋沢栄一は家族を蔑ろにしすぎではなかろうか、と思っていたら、ようやく際しを呼び寄せるに至った。

2021年9月18日(土)

俺には日光浴が必要だと言う理由で洛東江の西側に位置する江西体育公園に行ってきた。立派なアーチェリーがあって韓国がアーチェリー強国である理由が垣間見られた。

2021年9月17日(金)

妻との結婚式で儀式の進行を取り持っていただいた牧師先生が他界された。がんの転移を繰り返して闘病中ということは聞いていたが、突然の死に心の整理ができないでいる。コロナ禍で葬式に出ることもはばかられるので、悲しみが先送りされながら増幅される感覚である。せめてこの場で、結婚後もお世話になっていた牧師先生に哀悼の意を評したい。

牧師先生、未熟な私達夫婦をご指導いただき、困難に直面した時にお祈りしていただきありがとうございました。今はただ安らかにお眠りください。

2021年9月16日(木)

PJR博士が遊びに来てくれた。韓国では来週旧暦のお盆を迎える。

2021年9月15日(水)

今日は病院に行く日だった。目眩の頻度が下がったのは僥倖だった。
主治医に睡眠薬を処方してもらったが、妻はなるべく使いたくないと言っている。

2021年9月14日(火)

衣服を剥ぎ取られた私は数千の同胞と共に収容所に送られた。そこは闇の世界で朝と夕に天蓋が開く時のみ光が差し込み、同時に同胞の一部が忽然と消えるのだった。収容所の内部は乾燥していてやたらと喉が渇いた。そんな思いを察してか、私にも外出が認められる日がやって来た。久しぶりに見る外の世界、それを楽しんだのは束の間で、別室に送られた。すると、あふれんばかりの大量の水が降って来た。喉の渇きを癒すには過剰だが、水遊びにはちょうどいい。私は童心に返って同胞とふざけ合った。2時間もそうしているとさすがに疲れる。静まりきった建屋が大きく揺れた後で異変が起こった。床暖房が効きすぎるどころか、居ても立っても居られないほど熱いのだ。同胞の何人かは熱さで気を失い水中を彷徨っている。ほどなく私も意識を失った。30分後、幽体離脱した私が見たものは白く変色し整然と並んでいる同胞たちの死骸だった。

米粒の視点を想像してみた。食べるという行為は他の生命を体に取り込む行為である。それが生きるということ、避けられない宿命だが、食べられる側のことも忘れずにいたいものである。

2021年9月13日(月)

女子プロサッカーリーグが創立され、昨日、開幕した。でもあんまり話題になってなさそうだ。

2021年9月12日(日)

三日前から起き上がる時や寝返りする時に軽いめまいを感じるようになった。眼振が見られることから良性発作性頭位めまい症と推測される。そういえば、頭を下げた状態でねていたことがあったからなあ。




  1. 良性発作性頭位めまい症



2021年9月11日(土)

プルーンジュースを入れて便秘は解消した。穴をほって埋め直すような無意味な作業を4日間続けてくれた妻に感謝したい。

2021年9月10日(金)

四日目、三打数無安打、不振の出口が見えない。脳裏で
「何のために生まれて、何をして生きるのか」の歌詞が虚しく響く。

2021年9月9日(木)

頚椎カラーを巻いてうつむいた状態だと声が全く出ない。何が言いたいかと言うと、トイレに座っているときはどんなに苦しい目に遭おうと助けを呼べないということである。

2021年9月8日(水)

パラリンピックが無観客に近い状態になったことは非常に残念なことだったと思う。特に小中学生が障害者の奮闘する姿を直に見て何かを感じる機会が消失してしまったことは遺憾である。コロナウイルス感染拡大の第5波が最も来てほしくない次期と重なったとは不運としか言いようがない。

2021年9月7日(月)

昨晩は三度起きたが、その直後に1時間眠れたのでほっとしている。ここ数日、本当に眠気が訪れず「眠り方を忘れてしまったのではなかろうか」と思い悩んでいたのだ。今日は爽快で無気力でもない。深夜にキックオフの代表戦にも準備万端なのだが、問題はネット中継があるかどうかと家庭内最終予選を突破できるかということだ。

2021年9月6日(月)

夜、眠れない。なぜだろう?

2021年9月5日(日)

最近、漂ってくる食べ物の臭いを不快に感じるようになった。以前は好きだったにんにくや魚の臭いが苦手になってきた。妻の知り合いのALS患者も同様のことを訴えているらしい。






2021年9月4日(土)

唾が止まらないどころか、黙って座っているときでさえ気道にまとわりつきムセを誘発するようになった。気管切開を行なえばこの苦しみから解放されるが、24時間体制で痰吸引の準備が必要になる。そう考えると今の生活でも相対的に幸せなんじゃないかという気がしてきた。

2021年9月3日(金)

アル中のように指が震える。そのせいでせっかく握らせてもらったプラケーススイッチが指から離れてしまう。今がその状態である。ポインターを一定時間停止させるとクリックするという機能を利用して文字入力を行っている。時間がかかるのが難点で、これだけでも20分を要した。作文嫌いな子の心情がわかるなあ。

2021年9月2日(木)

長男と次男は夜遅くまで起きていて、俺が呼べば寝返りや小便の世話をしてくれる。いわゆるヤングケアラーである。無理強いしているわけではなく、彼らの夜ふかしをしたいという欲求と彼らの母の負担を軽くすることが一致しての行動なのだが、彼らのオンライン授業中の眠そうな表情を見るからに「これはいかん」と思うようになった。睡眠誘導剤の導入等の対策を思案中である。

2021年9月1日(水)

数学科の後輩で一連の闘病記で何回か登場したT口君が起業した会社の一員として活動している。なので今はT口社長と呼んでいる。この会社は企業が抱える産業数学的な問題を数理的または統計的手法で解決に迫り、就職難にあえぐ博士号取得者たちの人材活用を図ることを活動の主軸においている。まだ初年度ということもあり、多くのメンバーが無給または兼業で働いている。ちなみに俺の役割は会社のHPの管理である。

孫正義さんが言っていたように豆腐の個数を数える単位で会社の売上が出るといいな。以下の会社をお見知り置きください。

https://sunmath-calc.co.jp/

2021年8月31日(火)

昨年の12月に釜山に引っ越して以来初めて、4人の子供が全員学校に行った。長男と次男は週替りで登校と自宅でのオンライン授業に行くので、どちらか一人は家にいるのだが、今日は模試ということで二人共出ていった。

2021年8月30日(月)

プラケーススイッチをうまく制御できず、二度押しが頻繁に起こり、あらゆる場面で支障が出ている。

今日は三食ともお粥だった。注射器にピストンで圧力をかけ流しこむ技を覚えて以来、妻の「栄養剤ではなく手作りのものを食べさせたい」というやる気が高まっている。

2021年8月29日(日)

古くからの友人である渡辺君が渡辺先生となってユーチューブデビューすることになった。全力で応援したいのでリンクを貼っておく。
https://www.youtube.com/watch?v=IPLVlfnwd7I

渡辺君は数学科出身である。しかし、それは渡辺君の一面に過ぎない。彼がツイッターで公開しているプロフィールを引用すると、

信託銀行→予備校→セミリタイア@四国。ラジオパーソナリティ(調布FM83.8毎週火曜日19時より「合格総研」放送中)。修士(理学/国際関係学/経済学/教育学)宅建士/FP。合気道/ダイビング/ドラム。

のように多才で多様な側面を併せ持つ人物なのだ。

半年ほど前に彼に
「教育系ユーチューバーの需要はまだまだありそうだからやってみたら。予備校で教えた経験のある渡辺君なら成功間違いなしだよ。何より、渡辺君の話は面白いもん」と焚き付けてはいたが、
「著書の校正が終わってから」という返事で、今回、ようやく一本目の動画が仕上がったという経緯がある。今後、彼が動画の本数を重ねていって教育コンテンツとしての外郭が築かれ名声を博するまでの成長物語が今から楽しみである。

彼の人柄と授業の面白さが何百万という人々に伝わるといいなあ。

2021年8月28日(土)

通渡寺に行ってきた。生い茂る松の群生が見事だった。信号は来て、三打数三安打だった。

2021年8月27日(金)

クリックがうまくできなくなった。信号も来ない。

2021年8月26日(木)

午前中、朝食を摂っても信号が来ないので、追加で栄養剤とコーヒーを入れるように妻に頼んだ。食後にチューブを掃除するための水を含めると約1リットルの液体が胃袋に入ったことになる。数学の論文を眺めながら信号が来るのを待っていた時に異変が起こった。

コーヒーの匂いが胃から口へと上がってきて、不快な状態が続いたあと吐き気をもよおし、液体の一部が逆流してきた。「どうすればいいんだ?」と途方に暮れているとインターホンの音が室内に響いた。妻が言う。
「今日は訪問看護の日だった」

看護士はビニール袋を出して、胃の下においてチューブの受け皿とした。すると胃の中の液体がチューブの中で逆流し、水かさが増していった。その後、原因が除去されて吐き気も収まった。看護士の方の機転と逆転の発想に感服した次第である。

ただ問題なのは夕食をとっても信号が来ないことである。

2021年8月25日(水)

昨日のニュースになるが、裁判官の仕事も命がけだなと思った。自分のみならず家族にも危害が及びかねない状況で巨悪の圧力に屈せず正当な判決を下せるものだろうか。暴力と戦っているのはミャンマーや香港やアフガン等の海外の事例ではなく実は国内の身近な地域だったということに衝撃を受けた。

2021年8月24日(火)

パラリンピックの開会式がネット中継されていて、今、それを見ている。小中学生の観戦については賛否両論があると思うけど、各国の入場行進の様子を見ると、有観客で良かったなあという気になる。

2021年8月23日(月)

義父母が自宅アパートに来てくれた。俺の固まって動かない両手をマッサージしながら
「必ず薬ができる日が来るから希望を捨てないで頑張れ」という励ましをもらった。こちらとしては、幸せにするからともらった妻を不幸のどん底に落としてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいである。俺のことよりも義父母自身の健康に気を遣いいつまでも元気でいてほしいと思った。

2021年8月22’日(日)

最近、文章が湧いてこない。これもALSの症状の一つなのだろうか?自ら選択したこととはいえ、数学を含めた精神活動の領域が萎縮していくようで不安になる。

2021年8月21日(土)

M先生からのメールで
https://news.yahoo.co.jp/articles/c0e3b73df6d3e2622bad411468a496212f3c73e5?page=1
という記事が添付してあった。排便や寝返りに関してあるがままの姿が描写されていて、頷くところが多かった。

2021年8月20日(金)

和歌山の山奥の限界集落の廃校を改装したシェアハウスがNHKで紹介されていた。家賃無料で月二万円の共益費で飢えることなく生活できるとのこと。インターネットは使い放題で、都会の生活に疲れた若者が集っていた。団体生活だけど仲が良いわけでもなく、適度な距離感で暮らしているらしい。地元の人も好意的で野菜などの食料を提供していた。


2021年8月19日(木)

パラリンピック関連のニュースが増えている。競技者の映像を見て、
「障害と言っても全然たいしたことないよなあ」と思うのは心が病んでいる証拠なのだろうか。

2021年8月18日(水)

ニュージーランドでは市中感染者が半年ぶりに現れたらしい。同じ島国でこの差は一体何なのだろうと思う。そんなことを言い出せば英国に比べればはるかにましと言う声が聞こえてきそうであるが、衛生観念や公共意識が高いと言われていた国民性は感染拡大を防止するのにあまりにも無力だったという印象である。

分かっていたことであるが、専門家と呼ばれる人たちでも分かってなかったんだよなあ。

2021年8月17日(火)

胃ろう造設後、初めて全身にシャワーを浴びた。チューブが出ている部分に防水シートを貼って、防水仕様の車椅子に座り、服を脱ぎ、垢を落とした。念の為に書いておくが、部分的にシャワーを当てて洗い流すことは定期的に行っていた。

2021年8月16日(月)

元指導学生だったOSM、CEK、CHY(敬称略)が遊びに来てくれた。今日は振替休日で仕事は休みだそうだ。今日の主役は三男だった。ポケモンカードを持ってきて知識を披露し、三人と五目並べに興じていた。喋れない俺に代わり十二分にホストの役割を果たしてくれた。頼りになる奴だ。

2021年8月15日(日)

青果市場の駐車に停めた車の車内で一人で待つ俺を気遣ってか、妻が携帯電話をつけっぱなしにして音楽を聴けるようにしてくれた。流れた曲は「マリーゴールド」、やばいと思って聞き入っていると案の定、目、鼻、口から大量の液体が溢れ出し、そのまま10分間を過ごすことになった。

2021年8月14日(土)

ひょんなことから寝室で横になる俺の周りに四人の子供が集まり映画を鑑賞する事になった。その映画はたくさんのヒーローが現れ悪党を倒すという内容で退屈であったが、子供たちに囲まれているという安心感と喜びは得ることができた。

2021年5月19日(水)

就寝時に体の向きを変えるときの覚書。

横向きの体の前に障害物があると顔が下を向かないので、ツバを飲み込めないし吐けない状態になる。向きを変えたばかりのときは大丈夫でもそのままだとツバが溜まっていき、苦しくなる。やってほしいことは体を後ろから引っ張って前に空間を作り、顔が前に傾くように枕を調整し、指が下敷きにならないように腕の位置を調整すること。

2021年8月12日(木)

先週の木曜日に遊びに来てくれた三人がまた来てくれた。今回は妻がブルコギを準備して昼食をふるまった。HSHは昨晩からの二日酔いで食事が喉を通らず寝込んでしまった。KKYは躓いて転んだということで顔に派手な傷をつけて現れた。CHYとKKYは来週米国に発つとのこと。

柄にもなく説教じみた処世術を語ってしまったが、三人とも細かいことは気にせず大成してほしいと思う。

2021年8月11日(水)

頻尿に歯止めがかからない。ネットで対策を調べたところ、我慢して尿センサーを鍛えると良いとのことだ。しかし、介護に依存する身なのでなかなか思うようにいかないのだ。

2021年8月10日(火)

昨日放送されたNHKスペシャルは色々と考えさせられた。原爆投下後の長崎と広島で残留放射能と住民の健康被害の調査が米軍によってなされたが、その調査結果は政治的理由により隠蔽され、黒い雨が降った地域の農家が風評被害を恐れ泣き寝入りするしかなかったという内容だった。

これが放送されたということは米国の見解が変わったということだと思うが、もしかして先日の黒い雨訴訟の政府上告断念と関係があるのだろうか?Wさんならご存知だろうか?

2021年8月9日(月)

スコットランドのセルティックスに移籍した古橋がダンディ戦でハットトリックを達成した。Jリーグ出身の選手が活躍するのは嬉しい限りである。

2021年8月8日(日)

水分を大量に摂取しているせいか頻尿に悩んでいる。寝る前に出しても就寝中に2回以上尿意に襲われるので、不眠を助長する結果となっている。と言うか、正常な睡眠は尿意を感じないホルモンを分泌するらしい。先週、訪問看護士さんに相談したところ
「そういう問題が出てくる年齢でもあります」と言われた。

2021年8月7日(土)

昨日は浦項に行って義父母に挨拶してきた。義父の髪が真っ白になっていて心配になったが「白髪染めをやめただけだ」と聞いて安心した。

2021年8月6日(水)

車内にて妻と長女がおしゃべりに興じている。お互いの性格の話になり、長女が「お父さんみたいな正確になりたいな」と確かに言った。オリンピックで金メダルを取るより嬉しかったよ。取ったことないけど。

2021年8月5日(木)

米国留学中で一時帰国しているKKYとCHY、数独の韓国代表であるHSH(敬称略)が遊びに来てくれた。事前に首を休めていたが、2時間経つと疲労に襲われ再び寝込んでしまった。数学の問題を解いたり、次男との五目並べを観戦したり、楽しい時間であった。

2021年8月4日(水)

東京五輪のロゴのデザインは秀逸だなあと見るたびに思う。

女子サッカーは準々決勝敗退。年齢別世界大会で優勝を重ね、この子たちが代表の中核を形成する頃に、ドリブルで相手を翻弄しパスを繋いでいつの間にかゴール前でチャンスが生まれ、体力的不利から2点取られるも圧倒的な攻撃力で3点取っ手勝つようなサッカーが展開されるだろうと期待していたが、現実にはそうならなかった。

男子サッカーは準決勝で敗退。ネット中継で観戦した。スペインは強かった。日本の自慢のパスワークが安々と絡み取られていたし、自慢の守備網は安々と突破された。それでも最小得点差であわよくばという期待を抱かせるのがサッカーと言う競技の特性であるが、技術という観点で大きな差を感じた。


2021年8月3日(火)

五輪で浮かれているけど、コロナがすごいことになっている。休校とか強制休業とか外出制限と街道制限とかできることはやっておいたほうがいいのでは。自由主義国家だから難しいのかなあ。

2021年8月2日(月)

プラケーススイッチを交換してみた。僅かな力にも反応してくれるので心強いが押したまま戻せなくなるときが起きるので困りものである。

2021年8月1日(日)

今日の午後、友人家族が我が家を訪れ、テイクアウトのカムジャタンを一緒に食べた。もちろん俺は栄養剤を入れた。

2021年7月31日(土)

早朝、寝床にいる俺に妻から「布団をかけようか?」と声がかかる。「暑苦しくて目覚めたのに一体何を行っているのか」と思い、首を横に振った。妻は近づいてきて俺の額に手を当てた。「こんなに涼しいのに汗かいてるの?」と言うやいなや妻は車輪付きの寝台を回転させ、窓とドアを結ぶ風の通り道に位置を変えた。すると、体全体が涼やかな空気に包まれ、再び深い眠りについた。

2021年7月30日(金)

昨日は20回目の結婚記念日だった。かくして、その日が過ぎてから「結婚記念日、いつだっけ?」と言い出し、何の準備もせず、何の行事も行わず、お互いに責任をなすりつけあう、我が家の伝統が今年も更新された。

今日のお昼にCJS博士が遊びに来てくれた。妻とも仲が良く、二人のおしゃべりの時間が長くなると途端にまぶたが重くなった。直前に栄養剤を入れたのが原因と思われる。どうか悪く思わず、また気軽にいらしてください。

2021年7月29日(木)

韓国のALS患者とその介護者たちで構成されるSNSがある。妻はその会員で、オンライン上で介護に関する様々な情報を共有してきた。今日はその会員の中でも特に仲がいいYさんが我が家にやってくる日である。

お互い顔も知らないのに友人となり、オフラインでも会えるSNSは現代ならではと思った次第である。

2021年7月28日(水)

元指導学生だった、PJR, OSM, CEK, HDH, CHY(敬称略)が会いに来てくれた。首と背中が疲れて途中で休んだが、起きて団らんに加わると「3時から用事がある」ということでお開きとなった。すまないことをしたなあ。我慢して居続ければよかった。

皆が人生を切り開こうと頑張っている姿が一番の薬になるよ。忙しい中、来てくれて本当にありがとう。

2021年7月27日(火)

卓球の混合ペアはあの卓球大国を破っての金メダル、凄すぎる。生中継で見たかったなあ。

2021年7月26日(月)

胃ろう造設後、水分の補給が容易になった。それはいいのだが、トイレが近くなった。

芳田司選手、見事な内股で一本勝ち。

男子柔道は韓国選手が準決勝で敗れたので、決勝の中継は打ち切られる可能性大である。

2021年7月25日(日)

テレビを点けっぱなしにしていた。アーチェリー女子団体で韓国は他国を圧倒して優勝した。表彰式が終わると、柔道競技の中継が始まった。

阿部詩の決勝の相手は強敵である。一本を取る技を持っているし、型にはまらない多彩な崩し技もあり、見ていて楽しい柔道をするのだ。しかし、柔道は相手あってのもの、決勝で相対峙した両者はお互いの良さを消し合うような慎重な展開が続いた。

阿部詩の寝技で抑え込んでの勝ちは味わい深かった。寝技で勝てるのは努力と実力の証だからである。

さあ次は一二三の番だと期待に胸を膨らませていると、水泳会場にカメラが映り、柔道会場に戻って来ることはなかった。

2021年7月24日(土)

韓国はフェンシングやアーチェリーが強い。それゆえ、テレビを点けても、それらの競技中心の構成となる。ヨーロッパでアテネ五輪を視聴した時も、自転車やボートや陸上が中心で、「日本で見ていた時の五輪とは印象が全く異なるなあ」と思った。

それはさておき、「フェンシングの剣と日本刀ではどちらが実戦的だろうか」という疑問が湧いてきた。遠い間合いから突き刺さって来る剣の軌道を見切るのは容易ではなさそうだが、いかがなものであろうか。

2021年7月23日(金)

昨日の男子サッカーの試合は視聴できた。久保のゴールまで拝めて大満足である。同組のメキシコとフランスの試合はメキシコが圧勝、ということは、次戦のメキシコ戦の勝敗は予選リーグ突破という観点からいうとどうでもいいものになった。主力を休ませて引き分け狙いの塩試合でメキシコ戦に臨むのが現実的だが、自国開催の手前、そういうことはできないし、やらないだろうなあ。この年代のメキシコはかなり強いので、経験と思ってぶつかってほしいと見る側として思う。

2021年7月22日(木)

胃ろうに栄養剤を入れていると猛烈に眠くなる。

愛用の一人用ソファに座るとき、背中が押し付けられて以前のように長時間座ることが困難になった。

プラケーススイッチのスイートスポットに指がかかればなんとか押せそうだ。

今日は男子サッカーの試合の中継があるといいなあ。

2021年7月21日(水)

色々な条件が重なって、韓国のテレビ局でなでしこJAPANの試合を視聴する事ができた。岩渕のゴールは素晴らしかった。

2021年7月20日(火)

胃ろうがなかったときには敬遠しがちだった野菜ジュースを毎食入れている。

指の力がなくなってきた。昨日のタイピングの調子の良さは最後の徒花だったのか。今日は一行書くのも一苦労である。

2021年7月19日(月)

昨晩、よく眠れたせいか、タイピングの調子がすこぶるよかった。だったら、もっと書き足せよと言う声が聞こえてきそうであるが。

2021年7月18日(日)

「またか」と思われるかもしれないが、便秘の話だ。今日で四日目、栄養剤を入れても、野菜ジュースを入れても、牛乳を入れても、信号が来なかった。最終手段の下剤を入れて、待つこと二時間、微弱な信号がやってきた。曖昧な状況に不安がる俺に妻が
「こういうときには神様にお祈りしないと」と言って送り出した。

結果は大成功、やはり神の力は偉大である。

2021年7月17日(土)

夜、眠れない。先日、胃ろうの消毒の指導のために訪問看護士がいらした。その方いわく
「一日中、動かなくてじっとしているから、疲れることもなく色々と考えるから眠れない」とのことだ。おっしゃるとおりのような気がする。

2021年7月16日(金)

注入している栄養剤は大豆が主成分のあらゆる栄養素が詰まった完全食品らしい。皆、不完全なものを好むから食糧危機が起きるんだよなあ。持続可能な社会の実現に向けての食事を先取りしていると思えばよいかも。

2021年7月15日(木)

NHKの幼児向け番組「いないいないばあ」をやむなく視聴した。どこかの海岸に「うーたん」という犬の着ぐるみが現れ、「海パンを忘れたから海に入れないよう」と言っていた。ちなみにうーたんは衣服を一切身につけていない。海パンの用途と役割について深く考えさせる一幕だった。

訂正:上記の「うーたん」は「ワンワン」の間違いでした。教えていただいたN先生に感謝申し上げます。

2021年7月14日(水)

入院前と比べると明らかに飲み込めなくなっている。以前は余裕で食べていたヨーグルトやすりりんごが完食できなくなったし、定番の卵ご飯も喉につかえるようになった。おそらく、頑張って食べ続ければある程度元に戻ると思うが、いかんせん根性がない。胃ろうという逃げ道があるので、ついつい楽な方に流されるのだ。

人類が文明の恩恵を受け、暑さ寒さに耐える力等の生命維持力が退化する過程を体験している感覚だ。

2021年7月13日(火)

午後3時に通っている教会を代表して3名の方々が見舞いに来てくれた。

午後4時半にPJR博士とOSM博士が見舞いに来てくれた。

有り難いことである。

2021年7月12日(月)

今日二回目の栄養剤を注入した後、胃がもたれ2時間ほど苦しい時間を過ごした。昨年末にも起こった消化不良と症状が似ていた。今は回復したが食事するのが怖くなった。

2021年7月11日(日)

午前8時に栄養剤を注入。妻によるとこの栄養剤はコーヒー味の液体で普通に飲んでも美味しいらしい。正午に栄養剤を注入。午後2時に白桃のジュースと少量のカレーライスを口から摂取、直後に栄養剤を注入。

午後7時に栄養剤を注入。妻によると栄養剤は1日5回がノルマとのこと。

2019年7月10日(土)

胃ろうの出口は毎日消毒して出し入れできるか確認しなければならない。その作業は妻が担っている。

昨晩、入院中に配送されてきたエアマットを敷いて寝てみたが、結局、午前5時まで眠気が来なかった。入院中は鎮痛剤を点滴で打っていたせいで睡眠が誘導されたのかもしれない。

2021年7月9日(金)

一日四回、栄養剤と水分を胃ろう経由で摂取している。慣れないせいかお腹が重い。消化が悪いというよりは膨満感が持続してスッキリしない感じだ。失った体重を回復させようと頑張っている妻のやる気に水を差すようで申し訳なく思う。

2021年7月8日(木)

昨晩の午前4時ごろ、入院中の俺は浅い眠りを繰り返していた。点滴と脈拍計測の管で繋がれているので不自由でエアマットの突起のために体を傾けるのも困難な状況だった。

病室のドアを開ける音が聞こえ、何者かが近づいてきた。その彼もしくは彼女は内側に折りたたんでいた俺の左腕を引き上げ、血圧を測定し始めた。そこまではよいのだが、俺の左腕は伸ばされたまま体の外側に置かれた。
「まずい。これでは仰向けになり、ツバが飲み込めなくなる」そう思った俺は悲鳴を上げて看護士を呼び止めようとしたがあっさり無視され、代わりに妻を起こすことになった。

これから介護や医療の道に進もうとする若者に
「ALS患者の寝相を変えたら元に戻すように」と声を大にして訴えたい。

2021年7月7日(水)

明日、退院することになった。

吸引歯磨きが非常に快適だった。

2021年7月6日(火)

俺のような要介護患者が韓国の病院に入院する場合、介護者をつけることが患者側に義務付けられている。探せない場合はお金を払って雇うことになる。今回の場合、俺の介護者は妻で、24時間付き添ってもらっている。ちなみにウチの子供たちには寝泊まりする保護者をつけている。

日本の病院だと完全看護であるかわりに病院に寝泊まりできる公的な付添は認められてないだろう。これには該当しないが、日本の病院で研修経験のあるという研修医が
「韓国の医療は米国の影響が強い。日本の医療はドイツからじゃないの、カルテと言うし」と言っていた。

2021年7月5日(月)

月曜日ということで午前中は検査の嵐だった。3回も採血があり、心電図を記録する機器を24時間装着することになった。午前5時のレントゲンは宿便の測定のためということがわかった。夕方になると主治医が病室を訪れ、
「検査結果は全て良好です。これなら水曜か木曜に退院できますね」と言った。

入院生活は不便だけど生命維持と言う観点からは「守られている』という安心感がある場所だった。一方で、胃ろうをつけた状態で自宅で過ごすことに対する不安が増大しているう。消毒はどうするのか、シャワーは浴びれるのか、ふとしたはずみでチューブが外れたらどうするのか、チューブの交換の周期は、等の疑問が尽きない。

ああ、こんなときに大村でお世話になっていた訪問看護士さんがいてくれたらなあ。

2021年7月4日(日)

入院した日からずっと食べ物を口にしていない。しかし、栄養剤が点滴と胃ろうを通じて供給されるので、空腹を感じることはない。不安なのは使わないことで飲み込む力が弱くなっているのではないかという点だ。健康な人には実感しにくいだろうが、自分のツバを飲み込めない時間帯が日毎に増えている。退院したら元の状態に戻るとも思えない。そういったことを踏まえて、今回の胃ろうの造設の時期はぎりぎりだった。

食べる楽しみはとうの昔に失っていて、長引く食事は苦痛と恐怖を伴っていた。胃ろうを使えば5分で食事が終わる。夢のような話ではないか。妻の手料理が恋しくなったら餓狼宴を読み返せばいい。

2021年7月3日(土)

午前5時に移動式レントゲン撮影機材がやってきた。指に針を刺す血糖値検査も一日数回やってくる。血圧も一日4回は測っている。中心静脈までカテーテルを通した点滴とは一心同体で栄養剤と食塩水と鎮痛剤の補給に定時間隔でやってくる。たかが胃ろうの手術をした命の別状がない一人の患者のためにこれだけの労力が注がれているのである。

これらの業務をミスなくこなさねばならない看護士を始めとする医療従事者は大変だなあと思う一方で、検査が省力化されれば皆が幸せになれるのになとも思った。

2021年7月2日(金)

胃ろう造設手術後、24時間が経過した。この間、起きることは許されず、レントゲン撮影や骨密度測定も移動式寝台で移動し、寝たまま検査した。退屈で絶望的な気分だったが、点滴で投入される鎮痛剤の影響で程よい眠気が来たため耐えることができた

今日のミッションは昼と夜に胃ろうから水分を注入することだった。腹に突き刺さったビニールチューブは長く、靴下をかぶせて腹帯で固定する。

2021年7月1日(木)

今日は手術の日である。

2021年6月30日(水)

何かと忙しい一日だった。

2021年6月29日(火)

病院の駐車場にて一人の男が俺と妻が乗る乗用車に近づいてきた。妻が車を停めて車窓を開けるとその男は
「俺は障害者なんだけど、9200ウォン足りなくて薬が買えないんだ」と言った。俺は内心
「この人タカリだろうなあ。釜山大の研究室にも同様の口上で訪ねてくる人がたくさんいたからなあ。でも妻はお金を渡すだろうなあ。今は話すことができないし、黙っておくこおとにしよう」妻はかばんをあせくりながら
「どうしよう。1万ウォン札がない。うーーん」と言って、入院費用のために準備した5万ウォン札が詰められた封筒の中から一枚を取り出し、その男に渡した。その男は
「こんなにたくさん」と言って、あいさつもそぞろにそそくさと立ち去っら。

こ言うときは決まって
「神様が姿を変えて会いに来ていると思っt大事にしなきゃ」と妻言うが、もしそうなら、胃ろう造設周術が無事に終わり、一日も早く退院できるようにお願いしたいところである。

2021年6月28日(月)

今日もとある大学病院に行って来た。その目的は胃ろう造設手術に関する相談である。ところが、トントン拍子に話が進み、なんと、明日から入院することになった。

パソコンは持参するつもりだが、ネット環境を確保できる定かではない。もし塩日記の更新が途絶えたら入院中とご理解されたし。

2021年6月27日(日)

夕食ときになって妻が言う。
「今日は疲れたから何もしたくない」
しかし、そんなときでも、俺用の食事を作り、一時間近い時間をかけて俺に食べさせることになる。

胃ろう造設の日が近づいてきたようだ。

2021年6月26日(土)

家族のみんなに伝えたい。俺の言葉が聞き取れないときは推測して候補を挙げるのではなく、口文字盤の「あ、か、さ、た、な」を始めてほしい。面倒くさいからやりたくないだろうけど、俺は君たちと話したいんだ。

2021年6月25日(金)

昨日は4時間丸々病院内で過ごした。新しく購入した車椅子はリクライニング式で、背もたれを倒すと横向きに寝れることがわかった。この態勢であれば咽ないし、首が疲れない。今年度最大の発見と言えよう。

2021年6月24日(木)

とある大学病院に行って来た。

飲み込みの調子は最悪で、検査で出されたものを飲み込めなかった。

肺機能の検査で「口で吸ってください」と言われたが、鼻をふさがれた状態で息を吸う事ができず、「協力しいいてくれないと数値が出ませんよ」と言われた。

X線撮影では車椅子に座ったままでも撮影できた。

血中二酸化炭素濃度の検査では、以前のように股から採血するのではなく、手首の動脈で事足りた。

主治医は
「肺は正常時の10%ほどです。血中二酸化炭素濃度は正常値の40を上回る50が出た。胃ろうの手術は2週間の入院が必要で付添が必要と」と言った。

帰り道、妻は不自然なくらい明るかった。

2021年6月23日(水)

朝、出るべきものが出た。当たり前のことを当たり前にできることほど幸せなことはないのである。日々の学習に加えてワードプレスの使い方も習得しなければならない。明日は病院に行く日である。

2021年6月22日(火)

三男に機械音声で「眼鏡を上げて」と頼んだ。
三男は隣の部屋からかけてきて任務を遂行してくれた。
俺が「ありがとう、優しいね」というと、
三男は前髪をかきあげながら
「フッ、知っているから言わなくてもいいよ」といった。
ひょうきんな奴よのう。

2021年6月21日(月)

色々な意味でスッキリしない一日だった。

2021年6月20日(日)

便秘が深刻な状態になってきた。今日までで3日分が逗留中である。

2021年6月19日(土)

論文や教科書読むのに飽きてきた。やっぱり、自分の研究課題があって、それを深く掘り下げるために勉強しないと駄目だな。

2021年6月18日(金)

太ももの裏側に電流が流れるような痙攣が走る。休んでいるときに頻繁に起こるので非常に不快である。

久しぶりにアボガドを食べた。おいしかった。

2021年6月17日(木)

昨日から便通がない。メグミット、すりりんご、珈琲、プルーン、バナナ、一通り試してみたが音沙汰なし。こんな日はただただ無気力になる。

夕食後、冷たい牛乳を飲んだらせき止めていたものが流れ出た。今は爽快だが一日損した気分である。

2021年6月16日(水)

かつて「俺の指導学生は結婚できない」というジンクスがあり、それが敗れる日まで「平坂の結婚定理」と吹聴して酒席でのネタとして多用していたが、現在は結婚する者が続出し、有名無実の命題と化してしまった。

今日もまた反例が現れたようだ。J君、婚約おめでとう。いつか夫婦で俺の家に訪問されてください。

2021年6月15日(火)

東京五輪パラ開催の是非が問われている昨今である。

溺死が相次いだら海水浴を禁止すべきなのか。交通事故が減らないから車の通行を禁止すべきなのか。人命優先であるならば外出禁止令を出すべきではないのか。

結局は、損得勘定に基づいて事象ごとに是非が決定されるのではないだろうか。中止になった場合、失われるものはあるはず。それは広告費や放映権料だけでなく、世界中の競技者の喪失感などの心の問題にまで及ぶことだろう。一方で開催された場合、感染拡大に歯止めがかからず一時期の英国のような状態になり、経済にも致命的な打撃を受けるかもしれない。

未来予測が困難なように決定することも困難であるし、決断する者は批判される宿命にあるんだろうな。

2021年6月14日(月)

今日から三日間、「第37回代数的組合せ論シンポジウム」が開催される。本来は沖縄で開催される予定だったが、コロナ禍の影響で一箇所には集まらずオンラインのみで運営されるとのこと。

会議中は講演者と司会者以外顔を晒す人はおらず、懐かしくもあり、お預けを食らったようでもある気分だったが、交流会でM先生、J君、Bさん、Hさんの顔を見ることができた。今年の2月以来久しぶりに研究集会の雰囲気を味わうことができて非常に有意義だった。

2021年6月13日(日)

朝、起きると、妻が「あ、蚊がいる」と叫ぶやいなや立ち上がり、両手を合わせ蚊を成敗した。その動体視力に恐れ入るばかりである。

この文を書いているときにも蚊が現れ天井に張り付いていた。その蚊はなぜか「なぞなぞの本」の上で押しつぶされ目の前に置かれている。

2021年6月12日(土)

今日は一日中腹の調子が悪かった。そのためALS協会長崎支部主催のZOOM会議への出席を見合わせた。「リモートだから平気だろう」と思われるかもしれないが、俺は光見えてもデリケートな性格なのだ。

2021年6月11日(金)

合法かどうか不明だが、今日はサッカーの代表戦のテレビ中継がネットでも視聴できる。現在、前半を終えた段階である。旧ユーゴスラビアから分裂した国々の選手は総じて技術があり創造性にあふれているという先入観があった。しかし、前半戦に出場したセルビアの選手の中にそういう選手は見当たらなかった。

後半は視聴できないようだ。勉強しろと言うお告げなのかむしれない。

2021年6月10日(木)

松坂桃李主演のNHKのドラマは暗にコロナ禍での五輪開催を批判しているのかも。総長役もどことなく雰囲気が尾身会長に似てるし。

2021年6月9日(水)

夜眠れない原因の一つに鼻水がある。すすってもうまく飲み込めないからだ。特に横向きに寝た状態では飲み込もうとしても逆流したりするので、眠るどころではないのだ。ただ不思議なことにうつ伏せに近い位置まで頭を傾けるとすんなり飲み込めたりする。その反面自力で元に戻せなくなったりする。だからこそ、枕の位置が大事なのだ。夜中に何度も起きて寝返りを介助してくれる妻に言いたいことは、俺が必死で叫んでいる単語は「まくら」だということだ。

2021年6月8日(火)

三男のPCR検査の結果は幸いにも陰性だった。しかし、18日まで学校に行けず自宅で待機して過ごさねばならない。

夕食中、咀嚼時間を利用してネットニュースを見ていたら、元Jリーガーの訃報を知ることになり、思わず涙ぐみ、妻に不審がられた。その故人の名はユサンチョル、守備も攻撃も高い水準でこなす選手で、岡田監督時代の横浜Fマリノスの中心選手である。俺の教授蹴球会での役割と重なる部分も多く、飲み会で「好きな韓国人サッカー選手は?」と聞かれたときにその名前を出していた。死因は膵臓がんとのこと、合掌。

2021年6月7日(月)

近所のピアノ教室でクラスターが発生し、児童を含む10人の新型コロナウイルス感染者となった。三男を含む全児童がPCR検査を受けたのが今日、その結果が出るのが明日である。

2021年6月6日(日)

実験計画法の教科書の二冊目に突入。例がわかりやすく一冊目より遥かに面白い。全体の情報を近似する部分集合をどのように選ぶかという問題は確かにデルサルト理論と符合している。

2021年6月5日(土)

妻が体調不良で寝込んだ。ご飯は食べさせてもらったが、妻本人は食欲が無いと言う。一眠りしたら元気になる事が多かったが、心配である。

妻が起きた。元気になって何よりである。

2021年6月4日(金)

布団をかけると暑く、かけないと眠りに落ちない。疲れて寝台に横になっても眠れないのはつらすぎる。丸々7時間眠れたらどんなに気持ちがいいだろうか。

2021年6月3日(木)

昨晩、午前2時、眠れない夜に悶々としている俺にさらなる追い打ちが襲いかかった。耳元で「ブーン」とうなる蚊の襲来である。健康なときでも不快な状況だが、両手両足が動かず顔を背けることも容易ではない現状では、不快を遥かに通過して恐怖そのものである。同じ部屋ですやすやと安眠している妻への配慮はどこかに飛んでいってしまった。俺は頭のてっぺんから出るような2オクターブ高い悲鳴を連発し、妻を起こしてしまった。

「向きを変える?暑い?どこかかゆいの?トイレ?」のように就寝時の頼み事を妻が聞いてくるのだが、俺は首を横に振るばかりだ。文字盤で「か」と伝えても正解には至らない。普段は笑顔を絶やさない妻であるが今回ばかりは「寝ていたのに起こされてわけがわからないことを言われ、一体、何なの」といういかりがが態度に現れていた。

やっとの思い出「蚊がいる」ことを伝えた。その時、妻の目には蒼き炎が宿っていた。何を隠そう、妻は蚊取りの名人で、殺虫剤を使わない蚊取り選手権があれば前人未到の5連覇を成し遂げるであろうといい言う腕前なのだ。通常、夜中に蚊が出たら虫除け対策をこうずるものだが、妻のやり方は完全に異なる。妻は部屋を密閉し電気を点ける。そして蚊が出現するまでひたすら待つのだ。常人であれば、蚊の再登場を待つことはしないし、その蚊を捕獲できるかも不確実だが、妻はへやのどかに潜んでいる蚊を探し出し、ゴルゴ13並みの成功率で蚊をいとも簡単に捕獲してしまうのだ。

この日も例外ではなく、古いカレンダーで一匹の蚊を押しつぶし、夜の平和と安眠をもたらした。身近な世界にも偉人は存在するのだ。

2021年6月2日(水)

とある理由があって、実験計画法に関する本を読んでいる。

2021年6月1日(火)

久しぶりの外出で近所のカフェテリアに連れて行かれた。車椅子の首もたれの角度が気になったが、今日はむせたりはしなかった。ただ、カフェテリアという空間にいるのは辛いものがある。眩しすぎるんだよなあ、店員や佇む人々、そして、自らの過去が。

2021年5月31日(月)

朝も夕も飲み込みが悪く、合わせてご飯茶碗一杯分さえ食べれなかった。その分は豆乳とヨーグルトで補った。

2021年5月30日(日)

日の出時刻とは太陽の最上部が地平線から出てきたとき、日の入り時刻とは太陽の最上部が地平線に沈むときらしい。それならば太陽の中心は天球を半周と太陽の大きさの角度の分だけ回ったところで日照時間が計測され、そのことは日照時間の平均は12時間より長くなることを意味する。つまり、この世は闇よりも光が優勢なのだ。そう考えると明日への希望が湧いてくる、んなわけないよなあ、まったく。

2021年5月29日(土)

渡辺明が名人位を防衛位した。「お住いの地域では視聴できません」と表示された画面が恨めしいかぎりである。

2021年5月28日(金)

昨晩よく眠れず一日中体調が優れなかった。

2021年5月27日(木)

ワクチン開発は4年くらいかかるものだということを知った。

刺し身の細切れは飲み込みやすく重要なタンパク源となっている。

2021年5月26日(水)

浦項工科大学にいたときからの知り合いであり、良き先輩、良き数学者仲間であり、釜山やスロベニアで酒を酌み交わし、「スクール・ウォーズ」を熱く語った方の名字の漢字を間違って覚えているのに今日気付いた。

と思っていたが、先方の変換ミスだということがわかった。

2021年5月25日(火)

慶北大学のMS教授、釜山大学のPJ博士とOS博士が見舞いにきてくれた。有り難いことである。

2021年5月24日(月)

右手の指の力が衰えた。

立ち上がる脚力も衰えた。

妻が膝の痛みを訴えた。

一ヶ月先はどうなるのか全く見えない。

コンゴの火山と溶岩には畏怖の念を抱くばかりである。

2021年5月23日(日)

オンライン礼拝が続いている。

照ノ富士が優勝決定戦を制した。反則負けの件で贔屓力士になってしまった。

2021年5月23日(土)

木曜日から読み始めた論文がようやくしっくりくるようになった。

将棋界がこれまでにんないような盛り上がりを見せている。

2021年5月21日(金)

昨日に引き続き、三男の家庭教師が来て三男と五目並べに興じていた。これは片親が韓国籍ではない受動に対して適用される支援制度を利用したもので、無料で週4時間のレッスンが受けられる。

2021年5月20日(木)

2020年6月に公開されたとある論文を読んでみた。

昨日、髷を掴んだと物言いがつき完勝を反則負けにされた照ノ富士が勝ってよかった。

2021年5月19日(水)

韓国では今日は祝日である。朝は飲み込みが悪く、ご飯もお粥も喉を通らなかった。夕食のジャジャン飯は美味しく食べることができた。

2021年5月18日(火)

義理の妹を懸命の祈りで救ったU牧師夫妻が我が家にいらっしゃった。13年ぶりの再会である。配偶者のどこに惹かれたのという質問に対して「健康なところ」と答えたのは失敗だったかも。

2021年5月17日(月)

朝は右手に力が入らない。

2021年5月16日(日)

昨晩、眠れなかったせいか、飲み込みも便通も悪かった。

2021年5月15日(土)

今日は長男の誕生日である。へその緒を切った記憶が蘇るなあ。

2021年5月14日(金)

来ていただいたPJR,OSM,CUK,KYJ,HJM,PSH(敬称略)、ありがとうございました。最後の合唱のところは、感動的な場面で号泣してもおかしくない状況だったが不思議と何も起こらなかった。ALSの影響は気まぐれである。

2021年5月13日(木)

妻がホットプレートを買ってきた。元学生たちを招いた焼肉夕食会を催すためである。焼肉の本場である韓国で日本の焼肉のタレを用いた日本風の焼肉でもてなそうという試みだが果たしてうまくいくだろうか。